マネージャーブログ
Jul 31, 2007
小田実さんの死を悼む
戦争の「臭い」のことから、その本は始まる。
戦争を描いたテレビドラマや映画では、みんな実戦の最中に音楽が流れているけど、実際の戦場には一切ない。逆にテレビドラマや映画では伝わってこないが、実際に戦場にあるのは「臭い」。死体の臭い。戦争は必ず人を殺し、人は殺される。死体がそこへ転がる。そして、すぐには片付けられないから、そこに放置され、それは臭いを発する。
そんな戦争の臭いの話から始まるのが、「中流の復興」という小田実さんのたぶん最後の著書だ。
「自衛のためには軍隊が必要だ、軍隊を強化しなければならないと、政治家やマスコミはよく言いますが、私はそういう人たちのことを、非常に非現実的だと思います。私が、自衛隊を段階的に解消し、世界全体を非暴力の世界に変える努力を、憲法に基づいてやっていくべきだと主張すると、よく「非現実的だ」「理想論だ」と言われますが、そもそも日本は自衛のできる国なのか、という大問題から考えなければなりません。
(中略)
そもそも日本に石油はあるのか、食料はあるのか、そんな状態で戦争ができるのか、という前提には誰もふれない。戦争になっても、飛行機や新幹線が動き、食料がいつものようにふんだんにあると夢想しながら、「自衛のため」に軍隊を強化しなければならないと主張するのは、ものすごく非現実的で、夢物語です。」
戦争に正義はない。小さな人間のことを根本的に考えることが重要。
「サラダ社会」。つまり、サラダはトマトも卵もハムもみんなそれぞれの価値をもって、ひとつの味をつくる。材料をあまりこねくり回さないで、それぞれの価値、個性、持ち味を尊重しあって全体としてサラダを構成する。そうした共生、すなわち「コ=ハビタンス・オブ・ディフェレント・バリュース」をめざすべき。
日本国憲法は、小さな人間、小さな国が世界の平和に貢献するための指針を示している。
戦後、基本的に平和産業でここまで発展してきた日本に誇りをもっていい。民主主義と自由、そして平和主義の3つを追求し、その理想追求の土台として「中流」の暮らしを実現してきた。
しかし、いま安倍首相は「美しい国」の名の下の急速な格差形成によって、世界の市民の理想の土台となるはずの中流の暮らしを崩し、民主主義と自由と平和主義の理想も日に日に崩壊させつつある。
そんな趣旨の本を読んでいたとき、自民党大敗、民主党圧勝の報道と並んで、小田実さん死去の記事を朝刊に見つけた。
安倍首相は続投を表明。護憲平和を唱える社民党、共産党、九条ネットの票は伸びなかった。
Jul 28, 2007
忘れられた争点「環境」
先日、NHKの世論調査員の訪問を受けた。テーマは参院選。回答していたら、投票理由の選択肢に「環境」も「地球温暖化」もない。毎日のテレビでは「明日のエコでは間に合わない」とか、言ってるくせに!
読売新聞の各党の公約・マニュフェスト特集を見た。自民党と民主党は一応数行分の環境に関する記述があるが、公明、共産党、社民党については、1、2行しか記述がない。
もちろん、自民党と民主党だけが環境に関する公約・マニュフェストを示しているというわけではない。
「京都の約束」プロジェクトが、各党の地球温暖化対策のマニュフェスト比較をわかりやすく整理してくれている。
http://kyoto-yakusoku.jp/download/manifesto2007_ky.pdf
これを見ると、自民党、公明党は、2020年、2050年の中長期の温室効果ガス削減目標数値や自然エネルギー・再生可能エネルギー割合の目標数値は示しておらず、排出量取引制度、環境税・炭素税にも言及がないことがわかる。国民運動が重点のようで、また広告代理店にたくさんお金を払ってクールビズとかウォームビズとか、「CO2排出量を1人1日1キログラム減らしましょう」なんて広告を展開しますということか。
さらに両党については、「美しい星へのいざない」の2050年に半減という目標に基準年も示されていないことから、「ポスト京都議定書」で米国と一緒になって京都議定書の数値目標達成もうやむやにしようとしているのでは、と勘ぐってしまいたくなる。
民主党、共産党、社民党を比較すると、温室効果ガス削減目標については、共産党や社民党がIPCCに近い科学者が示している2020年30%、2050年70%の目標を提示しているのに対し、民主党はそれぞれ20%、半減という消極的な目標設定となっている。
自然エネルギー・再生可能エネルギーについても同様で、共産党、社民党は「自然エネルギー」で15〜20%としているのに対し、民主党は「再生可能エネルギー」で10%と消極的である。
原子力発電についても、共産党、社民党は「脱原発」を志向しているのに対し、民主党は安全第一として推進の立場である。
さて、いよいよ明日は参院選の投票日。ぜひ環境や地球温暖化の問題への姿勢も判断基準のひとつとして組み入れていただきたい。
Jul 28, 2007
まだ「経済成長」をめざすのか?
先週末、NHKの参院選特集「決戦まで1週間 7党代表に問う」という討論番組を見た。自民党の中川幹事長の「経済成長が必要だということにはどなたも異論がないはず」という趣旨の発言に、どの党の代表も異論を唱えなかった。
最近の自民党は、成長軍拡路線をひた走っており、今回の選挙のメインスローガンも「成長を実感に!」だからやむを得ないにしても、経済成長が必要かという議論に対してどの党の代表からも異論がでないのには、落胆した。この国の政党の多様性の貧しさを感じざるを得ない。
ローマクラブの「成長の限界」(1972年)が発表されてから35年も経ち、実際に地球温暖化による影響が顕在化している。GDPの伸びが必ずしも生活の質の改善や社会の安定に役立たないこと、必要以上のお金が幸せには結びつかないことは、多くの人が理論的にも経験的にもわかっているはずだろう。しかし、国会を担う政党の代表ですら、この国ではいまだ成長神話にとりつかれている。
暗澹たる気分になっていたら、循環型社会研究会の理事会でご一緒している安原和雄先生(「足るを知る経済」の著者)から、自身のブログで発表された「知足と簡素のすすめ」を読むように勧められた。案の定、わが意を得たりの文章で、溜飲が下がる思いがした。
経済成長主義が「消費主義」という病を蔓延させているという現状分析を踏まえ、「豊かな生活」の再定義が必要と唱える。消費者の選択とは、個々の生産物やサービスの間の選択ではなく、「生活の質を高めるための選択」を意味するものと再定義されるべきであり、個人にとって真の選択は、消費しないことの選択も含まれる。そのひとつの指針は老子の「足るを知る者は富めり」という教えであるという。
そして、知足の精神、非暴力の日常的な実践として簡素・質素な生活をすすめ、「4S」というライフスタイル運動を唱える。「4S」のうち2つは、SlowとSmall。そしてあとの2つは、SimpleとSmileだそうだ。
このブログにももう少し簡潔さとユーモアを加えることにしようか。
「安原和雄の仏教経済塾」ぜひご覧ください。
http://kyasuhara.blog14.fc2.com/
Jul 20, 2007
政党交付金と格差
政党交付金は、1994年に成立した政党助成法により、国が税金から政党へ資金を出す制度。
最近の政治が格差拡大を助長している根本の原因は、少数者の政治的意見を反映しにくくなった小選挙区制と、この政党交付金にあるのではと思っている。
1995年の交付開始から2004年の10年間に各政党が受け取っている政党交付金の総額は3,125億9,600万円。
政党別にみると、
自由民主党 1470億2,100万円
民主党 619億5,000万円
社会民主党 266億5,400万円
公明党 211億1,800万円
その他政党(二院クラブ、新社会党、新党護憲リベラル、自由連合、無所属の会など) 558億5,400万円。
日本共産党は、政党交付金の受け取りを拒否している。
2005年の政党交付金支給額は、
自民党 157億7951万4000円
民主党 117億6529万8000円
公明党 29億4374万1000円
社民党 10億2242万2000円
自由連合 1億1950万5000円
国民新党 6094万7000円
新党日本 4003万円
2006年は、
自民党 168億4,600万円(前年比 +14億2,700万円)
民主党 104億7,800万円(−17億1,400万円)
公明党 28億5,800万円(−1億1,300万円)
社民党 10億600万円(−2,200万円)
国民新党 2億6,600万円
新党日本 1億6,000万円
政党の議員数と得票数に応じて分配されるので、結局与党が圧倒的に有利で多額の政治活動資金、選挙資金を得ることになる。使途は特定されていないので、たくさんの交付金をもらっている政党のあやしいテレビCMなども見せられることになる。
例えば、既存政党の公約やマニュフェストにない政策の実現を図るため新党をつくって選挙に打って出ようとするなら、最初からこの選挙資金格差と闘わねばならない。自ら納めた税金によって作られた格差との闘いである。
すべての権力は腐敗する。この腐敗を食い止めるための更新システムが、いつのまにか機能不全に陥ってる。国のあり方を任せる代議士を選ぶ選挙活動は、公正平等の条件の下で行われるべきだ。しかし、現実はいつのまにか逆のコースに迷い込んでいる。それでなくても現職議員や与党はメディア露出や関連団体への便益も図れて有利である。さらにこの政党交付金によって与党には多額の選挙資金も確保される。かくして格差社会は、政治から作られていく。
Jul 18, 2007
地球環境と鉱物資源
7月11日、循環型社会研究会の2007年度循環ワーカー養成講座の第2回は、国連大学ゼロエミッション・フォーラム理事、産業界ネットワーク代表、資源・環境ジャーナリストの谷口正次氏のお話を伺った。テーマは「地球環境と鉱物資源」。
環境ジャーナリストはたくさんいるが、「資源・環境ジャーナリスト」は私だけという谷口氏は、世界各地の各種鉱山を歴訪しており、そこで起こっている大規模な環境破壊について生々しく語ってくださった。特に、ニューカレドニアのゴロー・ニッケル鉱山をめぐる自然環境破壊とこれに抵抗する先住民の闘いの話は印象深いものだった。
谷口氏のお話を聴いていると、日本が取り組んでいる循環型社会構築のための3Rが、いかに下流のエンド・オブ・パイプの取組みに過ぎないかを思い知らされる。われわれ日本人が関心を示さない鉱物資源の開発・採取の段階で、鉱石の採掘・選鉱・輸送に伴って森林が破壊され、表土が剥離され、生態系が破壊され、河川、海洋、地下水、土壌が汚染される。そして鉱山周辺の先住民の人権と文化も侵害される。
この資源採取段階の環境コストについては、日本のLCA研究の視野からも外れている。また、日本で資源の話をするとほとんどが石油や天然ガスのエネルギー資源の話であり、より深刻な環境破壊を招く鉱物資源メジャーの活動への関心は薄い。さらには、国内にめぼしい資源がないという理由だけで、日本では資源に関する専門教育が放棄されていると谷口氏は嘆く。
中国の高度成長等をエンジンとする世界的な金属需給の逼迫、価格高騰を背景に、鉱物資源メジャー間のM&A、再編による世界の資源の寡占支配がますます進んでいる。世界的な資源争奪戦の中で、日本も戦略的な資源外交が問われるところだ。日本の外交の新機軸として掲げられている北東アジアから、中央アジア・コーカサス、トルコ、中・東欧、バルト諸国を結ぶ「自由と繁栄の弧」も資源外交の一環だろうかと尋ねた。これに対して谷口氏は、資源外交を考えるなら、東西に展開するより、南北に展開すべきだと主張する。
地球をスイカに見立てて、縦に5つに分割すると、分割されたスイカにはほとんどあらゆる資源が分布するという。第一のエリアが北米と南米組、第二が極東シベリア、中国、東南アジア、オセアニア組、第三が中央シベリア、中央アジア、カザフスタン、インド、第四が西欧ロシア、東欧、中近東、イラン、アラビア半島、そして第五が北欧、ヨーロッパ、アフリカ。この「スイカ縦割り理論」に基づくと、第二のエリアに所属する日本は、極東ロシア、極東アジア、東南アジア、オセアニアにおいて責任ある資源外交を展開し、域内では調達できないプラチナのように極度に偏在性の高いものだけを域外と取引すればよいという。各エリアには、資源とともにマーケットも均等に分布し、資源物流コストの面でも経済合理性がある。さらには、東西に展開すると一神教対多神教という宗教的、文化的な対立も避けられないが、アジア、オセアニアで南北に展開すれば、そこは基本的に多神教の文化圏であり、対立も少ないという指摘には感心した。
これから夏本番、縦割りのスイカを頬張りながら、世界の鉱物資源問題にも想いをめぐらそうと思う。
Jul 17, 2007
柏崎刈羽で震度6強
7月16日午前10時13分頃、柏崎刈羽で震度6強の地震。千葉県浦安市の我が家でも震度3ながら、いままでに経験したことない上下動の気味の悪い揺れを感じる。
震源が柏崎刈羽の近くということで、最初に原子力発電所の状況が気になって、テレビのニュース報道に見入った。原子力発電所に関するニュースはしばらく何も報道されなかったが、お昼近くなって黒煙の上がる3号機の映像に肝を冷やした。屋外に設置してある電源用変圧器での火災で放射能漏れなどはないということだったので胸をなでおろした。しかし、夜のニュースでは、やはり放射能を含む水漏れがあったとのこと。
安倍総理の視察と一緒に流れた映像では、敷地内の道路が上下にうねっており、ただならぬ被害のあとが見える。
そもそも、原子力発電所は地震発生の恐れのある活断層を避けて立地点が決められているはずだったが……。
やはり地震国日本で、電気エネルギー源を原子力に過剰に依存するわけにはいかない。
地震のあるたびに思うのは、電気や水道のライフラインは、集中型のシステムだけでなく、太陽光や風力と蓄電の組み合わせや、雨水・地下水利用などの分散型システムを併用しておくべきだということ。非常時の各家庭の最低限の電力や水の供給くらいは、現有技術で十分に確保ができるはず。それをやれないのは、既存の電力事業者や水道事業者の利権と政権が癒着しているからにほかならない。
国民が信頼して預けた年金を、無駄な娯楽施設や事業に使い込み、払い込みの記録すらずさんなモラルの低い国。その中央集権的システムに命を預けるのは危険である。
Jul 12, 2007
政治家の選択基準
今日、参議院選挙が告示された。どんな政治家を選ぶか。
私の選択基準は、ひとつ。戦争をしない政治家、つまり国民を戦争に巻き込まない政治家だ。
政治好きの人は、戦争好きな人が多い。政治を武器を持たない戦争とする考え方もあるし、戦争もまた政治の手段とする考え方もある。そして、小泉政権、安倍政権を通じて、自民党、公明党、民主党を含めて、こんなに戦争好きな政治家がいたのかと驚いた。
違いは「政治」の本質をどう認識するかによる。政治を「権力の取得や行使」ととらえれば、戦争もまた権力の取得や行使の一手段として正当化できよう。私は「政治」の本質は、「多様な人々や集団(機関)の間の利害調整」だと考えている。政治家の利害調整能力が貧困なために起こるのが、暴力に訴える戦争だ。
少なくとも戦後、日本国民は、憲法で「戦争の放棄」を誓った。その憲法の下で行われる選挙において、戦争の準備をする政治家を選ぶわけにはいかない。
日本の国民だけでなく他国の国民に大きな犠牲を強いる戦争、最大最悪の環境破壊である戦争を起こさずに互いの利害調整を行うことができる政治家、これを国会に増やさなければならない。
さて、私の選挙区に誰がいるだろうか。どの政党に多いだろうか。
もうひとつ、郵政選挙で小泉自民が大勝して以来、自民、公明の絶対多数の中では、まともな政治的議論は行われないことがわかった。その足元で、戦後を支えてきた大切な価値が壊され、また壊れていく。
二大政党制もまた、われわれの多様な政治的価値を反映できるものではないことが見えてきてしまった。
政党交付金制度によって、多数政党への政治資金の集中を招き、まさに政治の世界からして「格差の拡大、固定化」が進んでいる。
私たちは、戦前体制に戻らないために、もう一度戦後体制を構築しなおさなければならない。
そのためにも、真の利害調整力のある、戦争を起こさない政治家を探して、国会に送らねばならない。
Jul 07, 2007
IPCC第四次報告書と低炭素社会の...
6月21日、循環型社会研究会は「2007年度循環ワーカー養成講座」の第1回として、国立環境研究所の西岡秀三先生をお招きし、「IPCC第四次報告書と低炭素社会の実現」というテーマでお話を伺った。
西岡先生は1988年以来日本の研究者としては最も長い期間IPCCの研究に参加されており、今回の第四次評価報告書でも第二作業部会でアジアの温暖化の影響などについてまとめ役を務められている。
印象に残ったお話のポイントを以下にいくつかピックアップしておく。
@ IPCCの役割は、誰も何が正しいかよくわからない地球規模の気候変動に関する研究成果を集めて粛々と評価し、真実を見極めようとすることだった。
A 森林、土壌、海洋など自然のCO2吸収量は炭素換算で3Gt/年、これに対して石油、石炭、天然ガスの燃焼等による人為的排出量は7.2Gt/年で、その差による温室効果ガスの増加が温暖化につながっている。
B 産業革命前からの気温上昇が2℃を超えると危険なレベルとされており、より低いレベルでの安定化のためには、CO2排出量のピークを早め、さらに2050年までに大幅な排出削減が必要である。
C 究極的なCO2削減量の相場感としては、世界全体の排出量=吸収量とすることで、排出量を3Gt/年にすること。世界人口がピークから安定化する水準を100億人と想定すると、一人当たり0.3t/年。これは日本の1990年の排出量を約90%削減することに相当。
D 2050年に日本のCO2排出を1990年比70%削減することは、エネルギー需要の40〜45%削減とエネルギー供給の低炭素化によって可能となる。
E 今後当然見込まれる産業構造転換や国土インフラ投資を早期から低炭素化の方向に向けなければならない。その上に、省エネルギー・低炭素エネルギー技術開発と投資、利用を加速する必要がある。
F 温暖化対策についてはあらゆる手段を研究することが必要。しかし、生態系に大きな影響をもたらすかもしれないマクロエンジニアリングに頼りすぎてはいけない。供給対策だけでなく、需要削減対策が重要。
やはり、地球人類史的な全体的長期的な視点とスロースモールな社会・経済・生活のあり方の追求が必要と受け止めた。
温暖化による破局的な影響を防ぎ、資源戦争を回避するためには、究極的な90%削減をめざすべきであり、持続可能な水準まで削減を先導するのが世界の中での日本の役割だと思う。
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