マネージャーブログ

Jan 03, 2008

日本国民と平和憲法の下の自衛隊...

「RMAを背景とするトランスフォーメーション、そしてグローバル・ポスチャー・レビュー、その意味を正しく認識し、日米同盟による抑止力の維持、具体的な答えを出す責任を有しております」
これは、昨年11月28日、守屋スキャンダルに日本中があきれていた最中に、福田総理出席の下で行われた第43回自衛隊高級幹部合同での石破防衛大臣の訓示の一部である。

自衛隊高級幹部向けの訓示だからか、素人には一見チンプンカンプンだ。素人ながら少し解説を試みると、「RMA」というのは、軍事における革命(Revolution in Military Affairs)あるいは軍事情報革命のことで、「トランスフォーメーション」というのは米軍再編のことらしい。そして「グローバル・ポスチャー・レビュー」は、「グローバルな態勢の見直し」(Global Posture Review)つまり在外米軍の再編、日本で言えば米軍基地の再編・見直しなどを指すようだ。

石破さんといえば、鳥取出身の「軍事オタク」政治家で、いまやスキャンダルに揺れる自衛隊に対するシビリアンコントロールを一人で担っているイメージがある。
ちなみに「シビリアンコントロール(文民統制)」でいう「シビリアン(文民)」というのは、「軍人以外の人間」、具体的には国民代表たる「政治家」を指し、防衛省の「官僚(背広組・文官)」を示すものではない。だから、守屋事務次官が防衛省の中で「天皇」と呼ばれて数々の収賄・横領を働いたり、小池大臣を辞任させてしまったりしたという事実は、自衛隊に対するシビリアンコントロールがまったくできていなかったということを物語る。

ところで、政情に疎い小生としては、いつのまに「日米同盟」などというものが結ばれたのだろうと昨年あたりから疑問に思っていた。「日米安保条約」と同様、「日米同盟」というからには、「日米同盟条約」を結ぶために国内世論を二分するような議論があり、国会も政局につながる大議論で紛糾するというようなことがあって然るべきと思うのだが、いつのまにか日米関係は「日米同盟」が基盤になっているような印象すらある。

どうやら「日米安保条約」にはない「日米同盟」という言葉が登場してくるのは、1996年4月17日の「日米安全保障共同宣言−21世紀に向けての同盟−」あたりからだ。冷戦後の安全保障体制としてクリントン大統領と橋本総理の協議によって宣言されたもので、国会の批准手続きなどは経ていない。日米安保条約第4条「締約国は、この条約の実施に関して随時協議し、また、日本国の安全又は極東における国際の平和及び安全に対する脅威が生じたときはいつでも、いずれか一方の締約国の要請により協議する。」の定めによる「協議」の結果が宣言として発表されたに過ぎない。
そして、イラクへの自衛隊派遣、テロとの戦いにあたって、小泉総理によってこの「日米同盟」が有効に利用されることになる。そして、2005年10月29日の「日米同盟:未来のための変革と再編」(ライス国務長官・ラムズフェルド国防長官、町村外務大臣・大野防衛庁長官、いわゆる「2プラス2」で構成される安全保障委員会共同発表)以降は、さらになしくずし的に米軍再編(トランスフォーメーション)の中に自衛隊も組み込まれてきているような印象を受ける。

このままでは、シビリアンコントロールどころか、自衛隊は米軍の一部になってしまうのではないか。総理大臣も防衛大臣も、米軍再編への対応に腐心し、自衛隊を「普通の軍隊」として米軍に組み込もうとしているのだろうか。
ますます混迷を深める米国陣営とイスラム圏との対立、原油高をはじめとした資源獲得競争の激化、地球温暖化も背景とした核拡散の動きなどの中で、「日米同盟」に過剰に依存し埋没する危険は計り知れない。
むしろ日本国民の、そして平和憲法下の自衛隊として、その独自性を主張することが、世界の平和への希望に応えることになると思う。自民党政権下では所詮無理な相談なのだろうか。

Jan 02, 2008

温室効果ガスは減らすが勝ち!

2008年1月1日いよいよ2012年までの京都議定書の約束期間が始まった。
昨年12月3日〜15日にインドネシアのバリ島で開催された気候変動枠組条約第13回締結国会議(COP13)・京都議定書第3回締約国会合(COP/MOP3)では、2013年以降のポスト京都の枠組みが話し合われた。
日本政府はNGOに抵抗勢力と罵られながらも、米国と最後まで歩調を揃えて、枠組条約下の新たなアドホック・ワーキング・グループ(AWG)を設置することで、ポスト京都の枠組みに米国、中国、インドをはじめ発展途上国を含む190カ国以上の参加、交渉の場を確保し、2009年までに合意を得て採択すること等に合意したことを大きな成果だとしている。
一方、京都議定書の下での既存のAWGでは、今後10〜15年で温室効果ガス排出のピークを迎えてその後2050年までに大幅に削減する必要があること、また、先進国に対しては2020年に90年比25〜40%削減が必要であることなどの目標が示された。
今後は、この枠組条約下と京都議定書下のダブルトラックのAWGで、温暖化防止対策のための交渉が進められることになる。
日本政府も、もはや具体的な削減目標を示さないわけにはいかない。最も進んだ環境技術をもって世界の温暖化防止をリードしていく立場から、むしろ、早めに目標を示して共有し、国民、事業者、政府の足並みを揃えたバックキャスティングを推進していくべきだ。
日本の経済的発展も文化的発展も、いまの化石燃料やウランなどの地下資源に依存した成長の延長線上にはない。それを超えたところにこそ、それはある。それがどんな資源や技術に支えられたものかはまだ定かではないが、兵器をもって地下資源を奪い合い殺しあうシナリオとは別の人類史を描くチャンスでもある。
少なくとも温室効果ガスは減らすが勝ちである。減らすことができなければ人類は他の生き物たちとともに滅びるという未来が世界の科学者のほぼ共通認識として示されたいま、その削減目標を共有し、そこに向かって進むことに躊躇は必要ない。

せめてこれくらいは減らしたい日本の温室効果ガス