マネージャーブログ
Nov 19, 2008
景気対策なら無責任も許されるの...
総額2兆円の生活支援定額給付金についてテレビ報道番組のインタビューに応じた若い女性の声。
「お金もらえるんですか。うれしい〜。でも、国は大丈夫なんですか〜?」
国の財政を考えれば大丈夫でないことは明白。
日本の国及び地方の長期債務残高は2008年度末見込みで778兆円(国民1人当たり610万円)になると、財務省は発表している。さらに財投債、政府短期証券、政府保証債務などを合わせると1000兆円を超える。 年間の税収を国で53兆円、地方で42兆円の計95兆円とすると、税収の10倍以上の債務(借金)を背負っていることになる。
また、長期にわたる自公連立政権による新自由主義、財界・金融重視の経済政策の結果として格差の拡大が国民生活に色濃い影を落としている。いま求められるのは、格差を是正しながら貧困対策をはじめ社会保障などのセーフティネットの整備と財政再建を果たすことだ。ノルド社会環境研究所が行なった「2008年日本の財政と社会保障に関する調査」でも、財政とセーフティネットの危機は「歳出削減」「制度運営の効率化」「格差是正」で回避すべき、というのが多くの国民が求める方向である。
しかし、定額給付金について所得制限するかしないかの判断は地方自治体に丸投げされ、設けないとする自治体が多いようだ。夜な夜な高級ホテルのバーに通うようなセレブも含めて定額給付金という税金がばらまかれる。野党がこの定額給付金に対して、解散総選挙前の全国民に対する買収であり、会社であれば公金を私的利益のために供する背任行為であり、公然とした犯罪だというのもうなづける気がする。
もうひとつこの定額給付金問題で明らかになったのは、厚生労働省も、税務当局も、地方自治体も、本当に所得の低い人、本当に困っている人を把握できていないということだ。それが普段からわかっていれば、そこに限って、あるいはそこに特に厚くという施策が容易に検討・実施されたはずだ。生活保護も申請主義であり、生活保護水準以下の人がどのくらいいるのかもわからないという状況が、格差社会、貧困の放置につながっているように思う。
もうひとつ、世界的な金融危機に対応するための金融機能強化法の改正では、10兆円規模の公的資金が、その経営責任の追及なしに注入される枠組みと聞く。デリバティブ(金融派生商品)でフェイクマネー(ニセ金)のバブルを膨らませた金融機関の経営責任を追及せずに税金の注入はありえない。金融システムの本来的な機能の安定のためには、無責任なデリバティブを再生産する金融機関や、それに無責任に高い格付けを与える格付け機関を排除し、確かな倫理観をもった新たな金融の担い手を中心にしてシステムを更新していくことが重要だ。
景気対策や金融安定対策だからといって、無節操な税金のばらまきや注入が許されるはずはない。
そもそも、いつまでも拡大・成長のための景気対策は必要なのだろうか。少ない資源、少ないマネーで充分な幸福を享受する生活のあり方、経済のあり方を、われわれは求めているのではないのか。少なくとも地球環境、人類社会の持続的発展という観点からは、それが求められていると思う。
それにしても気になるのが、昨日の元厚生次官とその家族の連続襲撃事件。妻の美智子さんとともに殺された山口剛彦氏(66)、妻の靖子さんが刺された吉原健二氏(76)、両氏とも年金局長として現在の年金制度づくりに携わったことから「年金テロ」との報道もあった。もちろんこんな殺人が許されていいはずはない。しかし一方で、年金問題をはじめとする政治不信が深まる中、解散先送りによる国民の閉塞感が、このような事件の背景にあるような気がしてならない。景気対策のためにも、テロ予防のためにも麻生首相には早期解散の決断を望む。来年春、定額給付金という国民買収金の配布完了のタイミングに合わせて解散というのは、あまりに露骨である。
Nov 11, 2008
オバマ氏と希望
2008年11月4日アメリカ合衆国大統領選挙(大統領選挙人選出選挙)において民主党のオバマ氏が、共和党のマケイン氏をくだして当選した。
選挙人数では365人対162人、一般投票の得票率は52.5%対46.2%。
アフリカ系初の大統領であり、また、初の1960年代に誕生の、ハワイ州生まれの大統領となる。
イラクとアフガニスタンの2つの戦争やサブプライムローンに端を発した金融危機で、米国の借金経済は破綻状態。雇用不安や格差が広がる中、このどん底から這い上がるためにリーダーシップをとれるのはやはりヒラリー・クリントンやマケインではない。米国民はオバマ氏に希望をかけるしかなかったということだろう。
就任前から、金融機関だけでなくGMをどう救済するのかなど経済面の課題は大きい。貿易赤字の中、偽装金融商品で世界中から集めた金で借金生活を謳歌していたつけはあまりに大きいからだ。
イラクからの兵力の段階的な撤退やイラン・北朝鮮など独裁国家と言われる国々との対話路線への転換を主張しても、米国の政官財に深く巣食った軍産複合体の抵抗は激しいものがあるだろう。選挙中にも何度か暗殺計画の報道を耳にした。
しかし、真の世界平和への対話、軍縮、核不拡散、貧困の撲滅、地球温暖化対策を推進するには絶好の米国大統領だと思われる。チェンジは米国だけでなく、世界が必要としている。Yes, We Can! と、私も世界人類の希望の実現を信じたい。
以下、オバマ氏のプロフィールメモ(Wikipediaから抜粋)
バラク・フセイン・オバマ・ジュニア(Barack Hussein Obama, Jr)
1961年8月4日 米国ハワイ州生まれ。47歳。
実父のバラク・オバマ・シニア(Barack Obama, Sr.)(1982年没)はケニアのニャンゴマ・コゲロ(Nyang'oma Kogelo)生まれのイスラム教徒(ムスリム)。母親はカンザス州出身の白人、アン・ダナム(1995年没)。2人はハワイ大学で出会い、1961年2月2日に周囲の反対を押し切って結婚。
父親はムスリムだったが、本人は現在キリスト教徒(プロテスタント)。両親は1963年に別居し、1964年に離婚。1965年に実父はケニアへ帰国。異父妹が1人。異母兄弟8人(うち4人死没)。
人類学者となった母がインドネシア人地質学者のロロ・ソエトロ(Lolo Soetoro)(1987年没)と前夫と同じく、ハワイ大学で知り合い、再婚したことに伴い、1967年にインドネシア・ジャカルタへ移住。地元の学校に10歳まで通う。1977年に母は人類学者の仕事でオバマをハワイの両親に預け、インドネシアに戻り、1994年まで現地に滞在した。ハワイにおいて白人の母親と母方の祖父母によって育てられた。母方の祖父母はスタンリー・ダナム(1992年没)とマデリン・ダナム(2008年没)。1980年に母のアンと継父のソエトロとの離婚が成立。
1971年に地元の有名私立小中高一貫校のプナホ学園に5年生として転入。在学中はバスケットボール部に所属。また、高校時代に飲酒や喫煙、大麻、コカインの使用を自伝で告白。
1979年に同高校を卒業後、カリフォルニア州ロサンゼルスの単科大学の私立オクシデンタル大学に入学。2年後、ニューヨーク州のコロンビア大学に編入し政治学、特に国際関係論を専攻する。
1983年に同大学卒業後、ニューヨークで出版社やNPOで勤務し、1年間を過ごした。その後、イリノイ州シカゴに転居した。シカゴでは教会が主導する地域振興事業(DCP)の管理者として3年間従事し、職業訓練支援などを行った。事業所の人員を1名から13名に増員させ、年間予算を当初の7万ドルから40万ドルに拡大させるなどの業績を残した。 1988年年央にケニアと欧州を旅行し、ケニア滞在中に実父の親類と初めて対面した。同年秋にハーバード大学ロースクールに入学。1990年2月にはアフリカ系として史上初の「ハーバード・ロー・レビュー」の編集長を務めた。1991年、法学博士の学位を取得、同ロースクールをmagna cum laudeで修了しシカゴ大学の法学フェローとなる。
1992年に、シカゴの弁護士事務所で知り合ったミシェル・ロビンソンと結婚し、1998年にマリア、2001年にサーシャの2人の娘をもうけた。1995年には、自伝『Dreams from My Father』(邦題「マイ・ドリーム」出版社: ダイヤモンド社)を出版。
ハーバード大学ロー・スクールを修了後、シカゴに戻り有権者登録活動(voter registration drive)に関わった後、弁護士として法律事務所に勤務。またシカゴ大学ロースクール講師として合衆国憲法を1992年から2004年まで講じていた。
人権派弁護士として頭角を現し、貧困層救済の草の根社会活動を通して1996年にイリノイ州議会上院の議員に選出され2004年1月まで務めた。なお、2000年には連邦議会下院議員選挙に出馬したが落選した。
2003年1月に連邦議会上院議員選挙に民主党から出馬を正式表明し、2004年3月に予備選挙を勝ち抜き同党の正式候補となる。2004年11月には、対立候補を得票率70%対27%の大差で破り、イリノイ州選出の合衆国上院議員に初当選した。
2004年のアメリカ大統領選挙ではジョン・ケリー上院議員を大統領候補として選出した8月の民主党大会で「リベラルのアメリカも保守のアメリカもなく、ただ“アメリカ合衆国”があるだけだ。ブラックのアメリカもホワイトのアメリカもラティーノのアメリカもアジア人のアメリカもなく、ただ“アメリカ合衆国”があるだけだ」「イラク戦争に反対した愛国者も、支持した愛国者も、みな同じアメリカに忠誠を誓う“アメリカ人”なのだ」との基調演説を行い、その模様が広く全米に中継されるとともに高い評価を受けた。
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