マネージャーブログ
Jun 19, 2008
八ヶ岳南麓のSlowSmallな生活(...
八ヶ岳南麓では野菜の収穫が盛んになりました。今、一番盛んなのは白菜で、しばらく前まではアスパラガスとレタスでした。わが家の近くの白菜畑は地元の農家が耕作しているのではなく、長野から来ています。収穫は朝4時前に来て箱詰めしています。箱には「長野県産八ヶ岳高原白菜」と書かれ、中国人らしき「研修生」が働いていました。産地偽装と研修の名を借りた低賃金労働者の強制労働による白菜と思うとみずみずしさが失われた感があります。
わが家の畑もやっと少し収穫が始まりました。アスパラはまだ植えて2年弱ですので今年はわずか5本でしたが、十分に味わって食べました。スナップエンドウ、絹さや、カブ、レタス、ラディッシュは必要量を十分に満たす収穫で、特にカブは豊作です。また、この時期は、間引きが必要な時期で、間引き菜も多くでます。間引き菜は捨てるのはもったいないので、味噌汁の具やおひたしにして食しています。こちらにいると誰でもにわかベジタリアンになります。
家庭菜園もすべて順調にいくとは限りません。特に、急に温度が下がったり、1日の温度差が大きい南麓では種を蒔く時期や目が出た後の養生が大切です。まだ2年ですが、甲斐駒ケ岳の星型の雪形が消え、カッコーが鳴き始めたころが種の蒔く時期ということを学びました。害虫対策も重要です。無農薬が基本ですから現在では、手で排除することにしています。昨年はジャガイモにテントウムシがおり、「これはアブラムシやハダニを食べる益虫だ」と思いこんでいたら、葉の多くを食べられジャガイモの収穫は全く不調でした。そのテントウムシは「ニジュウヤホシテントウ」(写真)で、名前の通り28の黒い点があり、集団でナスやジャガイモの葉を食べる害虫でした。試行錯誤ですが、これが楽しいのがSlowSmallな生活なのですね。(民)
Jun 10, 2008
貧困大国 米国と日本
最近二人の人から同時に「貧困」に関する本を薦められた。
ひとつは「ルポ貧困大国アメリカ」、もうひとつは「反貧困―「すべり台社会」からの脱出」。どちらも岩波新書だ。
「ルポ貧困大国アメリカ」は、堤未果さんによるもので、低所得者を狙ったサブプライムローンの押し付け問題をプロローグに、貧困ゆえにジャンクフード漬けで肥満になってしまう子どもたち、公的医療保険の縮小と医療の民営化の中で、一度の病気で貧困に転落する人々らの現実を描く。そして、貧困から抜け出すために軍の勧誘を受けて戦場に送り込まれる若者たち。戦争すら民営化され、生活苦にあえぐ貧困層が派遣会社を通じて戦場に送られ人権を無視され犠牲になる現実がつきつけられる。
もう一冊の湯浅誠氏による「反貧困―「すべり台社会」からの脱出」の帯には、「いまの日本も“貧困大国”だ」とある。雇用、社会保険、公的扶助という3層のセーフティネットの綻びが大きくなり、うっかり足を滑らせたら、どこにもひっかかることなく、最後まで滑り落ちてしまう。そんな「すべり台社会」がいまの日本の現実だと湯浅氏は指摘する。確かに非正規社員は、低賃金の不安定な雇用を強いられ、その不安定雇用から足を滑らせると、社会保険も未加入であることから失業給付も受けられない。生活保護も自治体の窓口で申請させずに追い返す「水際作戦」などにより受けられずに貧困状態に陥ってしまう。
これに対して日本政府は、こうした生活保護水準以下の貧困層がどれくらいいるかの補足調査すらしようとしないという。それは、申請主義にあぐらをかく、年金問題と同じ構造だ。
貧困状態の人々はそもそも必要な情報を獲得する力も弱っているのをいいことに、情報取得の機会を与えず、申請がないからといって憲法25条に定められた「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を奪う。そんなことを繰り返していれば、日本は貧困の拡大再生産を繰り返すだけである。
湯浅氏が言うように、いまここにある「貧困」の現実から目をそらさず、誰に対しても人間らしい労働と生活を保障できる「強い社会」を目指したいものだ。
Jun 04, 2008
八ヶ岳南麓のSlowSmallな生活(...
仕事で日本各地を回りますが、どこに行っても地域の特性が失われていることを実感します。前回、別荘について触れましたが、別荘開発地も同様で地域の特性、特に植生に配慮されず、バラや芝生などの外来種できれいに飾られ、地域の特性が失われている場所が少なくありません。こうした、地域開発、まちづくりを三浦展氏は「ファスト風土づくり」「マグドナルド化」と呼称しています。そして、ファスト風土が引き起こす問題として下記の7点を挙げています。
1)環境、エネルギー負荷の増大
2)4重の破壊
・自然破壊=農村コミュニティの崩壊
・歴史ある市街地の破壊(シャッター通り)=都市コミュニティの崩壊
・地域の歴史、アイデンティティの否定、人間関係の否定
・旧郊外の崩壊、新郊外もいずれはゴーストタウン=街の使い捨て
3)大量消費社会化による生活基盤の脆弱化
→自立的、自足的、持続的でなくなる
4)雇用の不安定化
老舗企業での正社員→全国チェーンの非正規雇用
5)生活空間の閉鎖化
ひとり遊びの増加→コミュニケーション力の低下
6)地域文化の空洞化によるアイデンティティ危機から生まれるナショナリズムの台頭
7)道路整備と市域拡大による流動化と匿名化
→犯罪の助長
SlowSmallな発想による地域づくりは、ファスト風土とは対極にあるものと思います。八ヶ岳南麓には「NPO法人 八ヶ岳南麓景観を考える会」があり、私も参加していますが、ファスト風土化をとどめるさまざまな活動をしています。その一つに、開発によって少なくなった八ヶ岳の植生豊かな広葉樹林を整備し、森を楽しむ「森づくり」があります。先日、今後のフィールドになる森を見てきました(写真)。近くまで、別荘の分譲地が迫ってきていますが、豊かな植生に驚きました。9月から森づくりの作業が開始されますので、ぜひ、参加ください。(民)
NPO法人 八ヶ岳南麓景観を考える会:(http://keikan.web.infoseek.co.jp/)
Jun 02, 2008
CO2本位制
5月22日の循環ワーカー養成講座では、テレビでもおなじみの末吉竹二郎氏に「低炭素社会をつくるために―CO2本位制の始まり」というテーマでお話をうかがった。さすがにお話がお上手で、福田首相との面談のエピソードで出席者の心をしっかりつかみ、低炭素社会のビジョンとそれを実現するためのキャップアンドトレードの重要性について、とてもわかりやすく説明された。
末吉氏は低炭素社会の姿を「地球の吸収力の範囲内に排出を抑制」「より豊かな暮らし」「自分の排出に責任を持つ」「炭素に価格がつく」「真の民主主義」「国際連帯が進む」という6つの要素で描く。そして、欧州ですでに進んでいる排出量取引について説明され、EUが温暖化対策を数世代続く「世界大戦」として捉え、カーボンマネジメントに戦略的に取り組むことで世界最大、最強の経済をめざしているとした。一方、米国においても、オバマ、ヒラリー、マケインという3人の大統領候補とも温暖化対策には積極的で、地方の動きをみてもキャップアンドトレードの導入は時間の問題と分析されていた。
「長期のフレームワークを提供するのが政治の役割」であり、経団連など財界の反対で温暖化対策についての長期ビジョンをいまだ示さないでいる日本の政治の下では、国際競争にも遅れをとるばかりとの指摘は、私もまったく同感だった。
ところで、排出量取引が国際的、本格的に導入されれば近い将来数10兆円の規模の取引が予想され、「空気と水は貨幣的価値がない」と言っていたアダム・スミスやマルクスの説をくつがえす「CO2本位制」が現出するという。
CO2を出すことは悪いことで、減らすことは良いことという価値観の誕生、技術面と社会システム両面でのイノベーション、消費や金融においてもCO2が基準となる低炭素経済へのシフトという比喩的意味での「CO2本位制」は歓迎したい。しかし、「金本位制」と同じ意味での「CO2本位制」には、少し不安を感じる。
「金」は希少価値を持つものとして経済活動の大きさを限定しえた。しかし、「二酸化炭素」は希少価値をもつものではなく、むしろ増えて困っているものだ。希少価値をもつのは「排出枠」あるいは「排出権」であるが、これが本当に国際的に公正に管理できるのか不安を感じるのは私だけではないだろう。
排出量取引は拡大したが、二酸化炭素の排出は減らず、マネーゲームと経済恐慌が残ったということにならないよう慎重な仕組みづくりを求めたい。
人類史的に我々世代に求められているのは、二酸化炭素の排出を減らすことと二酸化炭素の吸収源である緑や土壌、海洋を復活させることである。排出量取引は有力な手段かも知れないが、所詮手段に過ぎない。「キャップアンドトレード」のうち「トレード」よりも、まずは「キャップ」をいかに低く設定していくかにこだわってもらいたい。
また、末吉氏はビジネス・モデルが20世紀型の「お客が喜びそうなものを、大量に、早く」というものから、21世紀型の「地球環境が許す範囲で、優れたものを、ゆっくり、少なく」というものへシフトすると指摘されていた。
まさにSLOWSMALLへのシフトである。
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