マネージャーブログ
Jan 01, 2009
謹賀新年
久しぶりに初日の出を息子と見に行きました。
自宅から30分ほど歩いたところにある浦安市・高洲海浜公園。
天気に恵まれたせいでしょうか、それとも厳しい年の幕開けに心を引き締めるためでしょうか、多くの人が訪れていました。
太陽は、出る前から空を赤く染め、昇る瞬間には雲を揺らし掻き分け、海を船を鳥たちを、そしてすべての人々の顔を照らし出して、歓声を浴びるのでした。
よい変化の兆しを感じる新年の朝です。
昨年まで大変お世話になったみなさん、そしてこれから出会うであろうみなさん、ご健康とご多幸を心よりお祈りいたします。
本年もよろしくお願いします。
初日の出 2009年1月1日 7時06分 浦安市・高洲海浜公園にて
Dec 31, 2008
大晦日に今年を振り返る
1月
1日 京都議定書の約束期間スタート 日本は12年までの5年間平均で90年比6%削減。
2日 WTI原油価格1バレル100ドルまで急騰。
9日 日本製紙年賀はがきの古紙配合率偽装発表。その後偽装は納入全5社と判明。
11日 日雇い派遣大手グッドウィルに事業停止命令。
17日 NHK記者インサイダー取引
28日 日本マクドナルドに残業支払い命令。「名ばかり管理職」が広く問題に。
30日 中国製冷凍餃子からメタミドホスなど有機リン系農薬検出。
2月
10日 韓国の国宝第一号「南大門」の楼閣が焼失。
17日 錦織圭が米デルレビーチ国際選手権で優勝。
19日 海上自衛隊イージス艦「あたご」がマグロはえ縄漁船と衝突。東芝HD-DVD撤退。
3月
11日 日本最初の有人宇宙施設「きぼう」が土井隆雄飛行士らのスペースシャトルで宇宙へ。
14日 宙に浮いた年金記録、特定困難2025万件と社会保険庁発表。解決時期明示せず。中国チベット自治区で騒乱。
23日 茨城・JR土浦駅構内で無差別殺人。8人刺し1人死亡。
26日 大リーグ・パイレーツのキャンプに参加していた桑田真澄が引退表明。
31日 ガソリン税などの暫定税率期限切れ。
4月
1日 後期高齢者医療制度スタート。国内最大の百貨店連合「三越伊勢丹ホールディングス」誕生。
6、7日 北京五輪の聖火リレー、中国のチベット政策に抗議してロンドン、パリで妨害行動。
9日 日銀総裁に白川方明副総裁が昇格。3週間ぶりに総裁空席が解消。
11日 政府・与党が道路特定財源の一般財源化を確認。
17日 名古屋高裁で自衛隊のイラクでの活動に違憲判決。
30日 暫定税率復活の税制改正関連法成立。
5月
2、3日ミャンマーをサイクロンが直撃。死者・行方不明者13万人以上。
12日 中国四川省で大地震。死者6万9千人以上。約1万8千人が行方不明。
13日 サザンオールスターズ活動休止を発表。
28日 船場吉兆廃業。
28〜30日 アフリカ開発会議(TICAD)横浜で開催。「横浜宣言」を採択。
6月
8日 秋葉原で無差別殺傷。歩行者天国に、派遣会社員加藤智大容疑者(25)がトラックで突っ込み歩行者をはねた後、周りの人をナイフで次々と刺す。
9日 福田首相が地球温暖化対策で包括提案。国内排出権取引を試行、50年までに温室効果ガスの「現状から60〜80%削減」を目指す。
25日 居酒屋タクシーで処分。17省庁・機関の1402人が金券やビールなどの提供を受けていた。公務員33人を懲戒処分。
27日 佐賀地裁、諫早干拓、排水門の開門を命じる判決。
7月
1日 日雇い派遣、原則禁止の労働者派遣法改正案提出。
7〜9日 北海道洞爺湖サミット。2050年までの温室効果ガス排出量半減という長期目標の共有を目指すことで合意。
11日 WTI原油1バレル147円の市場最高値を記録。
17日 野茂英雄引退。
8月
5日 最低賃金引き上げへ。初めて時給700円超の水準に。
7日 グルジア紛争。
8〜24日 北京五輪開催。史上最多の204カ国・地域からの参加。日本選手の金メダルは9個。中国は51個で初のトップ。
26日 アフガニスタンでNGOペシャワール会の伊藤和也さん(31)が拉致され殺される。
9月
1日 福田首相が辞意表明。
2日 力士2人から大麻陽性反応。
5日 三笠フーズ、事故米を食用と偽り販売。汚染米が全国に流通。
6日 核不拡散条約未加盟のインドに核輸出解禁。
15日 米証券リーマン・ブラザーズ破綻。
18日 厚生労働省が厚生年金記録改ざんの可能性の高い記録の数を6万9千件と発表。
22日 自民党総裁選で麻生太郎氏圧勝。67%を得票。
25日 小泉元首相が引退表明。
10月
1日 大阪市の個室ビデオ店火災で16人死亡、9人が負傷。松下電器産業がパナソニックに社名変更。
7、8日 米シカゴ大学の南部陽一郎(米国籍)氏、高エネルギー加速器研究機構名誉教授の小林誠氏、京都産業大教授の益川敏英氏がノーベル物理学賞、米ウッズホール海洋生物学研究所・元上席研究員の下村脩(おさむ)氏がノーベル化学賞を受賞。
27日 日経平均26年ぶりの安値7162円90銭。82年10月以来の安値。
28日 高橋尚子が引退表明。
31日 田母神俊雄航空幕僚長が更迭。
11月
4日 米大統領選でオバマ氏がマケイン氏を破る。小室哲哉容疑者詐欺容疑で逮捕。
5日 パナソニック、三洋電機買収方針を発表。
23日 元厚生事務次官宅襲撃事件(17、18日)で小泉毅容疑者逮捕。
25、26日 タイで反政府団体が空港占拠。
26日 インドで同時多発テロ。日本人1人を組む170人以上が死亡。
28日 航空自衛隊イラクから5年にわたる輸送任務を終えて撤収。
12月
2日 タイ政権崩壊。民主党のアピシット党首を新首相に選出。
4日 日本を含む94カ国がノルウェーでクラスター爆弾禁止条約に署名。
5日 ホンダF1撤退を表明。
6日 改正労基法が成立。時間外労働の割増賃金引き上げ。施行は10年4月から。改正国籍法成立。結婚していない日本人の父親と外国人の母親との間に生まれた婚外子にも日本国籍を認める。
9日 ソニー1万6千人の大規模リストラ。
26日 今年10月から来年3月までに非正規労働者8万5千人失業と厚労省集計。新卒内定者取り消しは769人。
27日 イスラエル軍がパレスチナ自治区ガザへの空爆開始。死者300人以上。
(以上、朝日新聞12月30日朝刊から抜粋編集)
家の大掃除を少し抜け出して、日比谷公園の「年越し派遣村」に行ってきました。
「派遣切り」で路頭に迷った人たちに、大晦日から1月5日までボランティアが食事や宿泊用テントの提供、就労相談などの支援をするというものです。
なんだか自公長期政権が生んだ格差と貧困に、未曾有の経済危機が襲い、派遣労働者や期間労働者など非正規労働者が次々と切り捨てられるという今年を象徴するような光景でした。気持ちばかりのカンパをして、宿泊テントへの布団運びを手伝ってきました。
来年は、世界の人々にとって、よりよい変化の年でありますように。
「年越し派遣村」の案内看板。ボランティアの若者たちの心には「あったかいもの」を感じました。
食べ物やカイロが配られています。
就労相談。多くのマスコミが取材に来ていました。
宿泊用テントに寝具を運ぶボランティア。
日比谷公園の噴水に虹が出ていました。困ったときに助け合うという当たり前の取り組みですが、これがみんなの心の架け橋になって、政治や経済を変えられればいいのですが。
Dec 30, 2008
「チロ」のための「テロ」
マスコミが「年金テロ」かと報道した元厚生次官とその家族の連続襲撃事件。警視庁に出頭した小泉毅容疑者(46)は、出頭前に報道各社のホームページなどに「今回の決起は年金テロではない!34年前、保健所に家族を殺された仇(あだ)討ちである!」と、動機を書き込んだという。
続報によると、34年前、愛犬の死後、茶色がかった白い雑種の野良犬が小泉容疑者の家に迷いこんできた。家族にはよくなついたが、他人に吠える犬だったため、危害を加えることを懸念した父親は、小泉容疑者に無断で保健所に引き渡し、処分してしまった。その野良犬の名が「チロ」。
「テロ」ではなく、「チロ」が動機だったという訳だ。いや、一応本人は「決起」と言っているから、「チロ」のための「テロ」だったというべきか。(不謹慎なさむいだじゃれで失礼しました。)
現在ペットとして飼われている犬猫の数は、ペットフード工業会の犬猫飼育率全国調査(2007年)からの推計によると、犬1252万匹、猫1019万匹、合計2271万匹にのぼる。この数は、平成20年4月1日現在の人間のこどもの数(15歳未満人口)1725万人を大きく上回る。かといって、こどもに注がれるべき愛情がペットに注がれているわけではないようだ。
環境省のパンフレットによると、毎年42万匹(犬18万匹、猫24万匹)の犬猫が自治体の窓口に保護され、そのうち犬は87%、猫は98%が殺処分にされるという。
確かに可哀そうだが、怨むべきは厚生省(現厚生労働省)ではなかっただろう。そもそも、保健所は厚生省が直接所管していない。保健所は衛生の向上や栄養改善、伝染病予防などを目的に、都道府県や政令指定都市、特別区など自治体が全国約500カ所に設置している。犬猫の処分も同省ではなく、保健所のほか「動物愛護センター」などの名称で設置された自治体の施設が行っている。
この事件を、今年6月に17人を殺傷した東京・秋葉原の無差別殺傷事件の加藤智大(ともひろ)被告(26)の姿と重ねて、「劇場型犯罪」だとする論調もある。その主人公の名前が小泉容疑者ということになると、どうしてもまた「小泉劇場」を想い起こしてしまう。
ここ数年定職に就いていなかった小泉容疑者は、ネットの株取引で生計を立てていたという。しかし、それも最近はうまくいかず、借金を重ねていたらしい。彼も「小泉劇場」の舞台で拝金主義者たちが演出した金融危機の犠牲者のひとりかも知れない。
こんな悲劇と喜劇が交錯する現実の中で2008年も終わろうとしている。
大企業から契約を打ち切られた派遣労働者や期間労働者が、犬猫のように捨てられ、路頭に迷っている。これを保護する責任は間違いなく厚生労働省にある。
Nov 19, 2008
景気対策なら無責任も許されるの...
総額2兆円の生活支援定額給付金についてテレビ報道番組のインタビューに応じた若い女性の声。
「お金もらえるんですか。うれしい〜。でも、国は大丈夫なんですか〜?」
国の財政を考えれば大丈夫でないことは明白。
日本の国及び地方の長期債務残高は2008年度末見込みで778兆円(国民1人当たり610万円)になると、財務省は発表している。さらに財投債、政府短期証券、政府保証債務などを合わせると1000兆円を超える。 年間の税収を国で53兆円、地方で42兆円の計95兆円とすると、税収の10倍以上の債務(借金)を背負っていることになる。
また、長期にわたる自公連立政権による新自由主義、財界・金融重視の経済政策の結果として格差の拡大が国民生活に色濃い影を落としている。いま求められるのは、格差を是正しながら貧困対策をはじめ社会保障などのセーフティネットの整備と財政再建を果たすことだ。ノルド社会環境研究所が行なった「2008年日本の財政と社会保障に関する調査」でも、財政とセーフティネットの危機は「歳出削減」「制度運営の効率化」「格差是正」で回避すべき、というのが多くの国民が求める方向である。
しかし、定額給付金について所得制限するかしないかの判断は地方自治体に丸投げされ、設けないとする自治体が多いようだ。夜な夜な高級ホテルのバーに通うようなセレブも含めて定額給付金という税金がばらまかれる。野党がこの定額給付金に対して、解散総選挙前の全国民に対する買収であり、会社であれば公金を私的利益のために供する背任行為であり、公然とした犯罪だというのもうなづける気がする。
もうひとつこの定額給付金問題で明らかになったのは、厚生労働省も、税務当局も、地方自治体も、本当に所得の低い人、本当に困っている人を把握できていないということだ。それが普段からわかっていれば、そこに限って、あるいはそこに特に厚くという施策が容易に検討・実施されたはずだ。生活保護も申請主義であり、生活保護水準以下の人がどのくらいいるのかもわからないという状況が、格差社会、貧困の放置につながっているように思う。
もうひとつ、世界的な金融危機に対応するための金融機能強化法の改正では、10兆円規模の公的資金が、その経営責任の追及なしに注入される枠組みと聞く。デリバティブ(金融派生商品)でフェイクマネー(ニセ金)のバブルを膨らませた金融機関の経営責任を追及せずに税金の注入はありえない。金融システムの本来的な機能の安定のためには、無責任なデリバティブを再生産する金融機関や、それに無責任に高い格付けを与える格付け機関を排除し、確かな倫理観をもった新たな金融の担い手を中心にしてシステムを更新していくことが重要だ。
景気対策や金融安定対策だからといって、無節操な税金のばらまきや注入が許されるはずはない。
そもそも、いつまでも拡大・成長のための景気対策は必要なのだろうか。少ない資源、少ないマネーで充分な幸福を享受する生活のあり方、経済のあり方を、われわれは求めているのではないのか。少なくとも地球環境、人類社会の持続的発展という観点からは、それが求められていると思う。
それにしても気になるのが、昨日の元厚生次官とその家族の連続襲撃事件。妻の美智子さんとともに殺された山口剛彦氏(66)、妻の靖子さんが刺された吉原健二氏(76)、両氏とも年金局長として現在の年金制度づくりに携わったことから「年金テロ」との報道もあった。もちろんこんな殺人が許されていいはずはない。しかし一方で、年金問題をはじめとする政治不信が深まる中、解散先送りによる国民の閉塞感が、このような事件の背景にあるような気がしてならない。景気対策のためにも、テロ予防のためにも麻生首相には早期解散の決断を望む。来年春、定額給付金という国民買収金の配布完了のタイミングに合わせて解散というのは、あまりに露骨である。
Nov 11, 2008
オバマ氏と希望
2008年11月4日アメリカ合衆国大統領選挙(大統領選挙人選出選挙)において民主党のオバマ氏が、共和党のマケイン氏をくだして当選した。
選挙人数では365人対162人、一般投票の得票率は52.5%対46.2%。
アフリカ系初の大統領であり、また、初の1960年代に誕生の、ハワイ州生まれの大統領となる。
イラクとアフガニスタンの2つの戦争やサブプライムローンに端を発した金融危機で、米国の借金経済は破綻状態。雇用不安や格差が広がる中、このどん底から這い上がるためにリーダーシップをとれるのはやはりヒラリー・クリントンやマケインではない。米国民はオバマ氏に希望をかけるしかなかったということだろう。
就任前から、金融機関だけでなくGMをどう救済するのかなど経済面の課題は大きい。貿易赤字の中、偽装金融商品で世界中から集めた金で借金生活を謳歌していたつけはあまりに大きいからだ。
イラクからの兵力の段階的な撤退やイラン・北朝鮮など独裁国家と言われる国々との対話路線への転換を主張しても、米国の政官財に深く巣食った軍産複合体の抵抗は激しいものがあるだろう。選挙中にも何度か暗殺計画の報道を耳にした。
しかし、真の世界平和への対話、軍縮、核不拡散、貧困の撲滅、地球温暖化対策を推進するには絶好の米国大統領だと思われる。チェンジは米国だけでなく、世界が必要としている。Yes, We Can! と、私も世界人類の希望の実現を信じたい。
以下、オバマ氏のプロフィールメモ(Wikipediaから抜粋)
バラク・フセイン・オバマ・ジュニア(Barack Hussein Obama, Jr)
1961年8月4日 米国ハワイ州生まれ。47歳。
実父のバラク・オバマ・シニア(Barack Obama, Sr.)(1982年没)はケニアのニャンゴマ・コゲロ(Nyang'oma Kogelo)生まれのイスラム教徒(ムスリム)。母親はカンザス州出身の白人、アン・ダナム(1995年没)。2人はハワイ大学で出会い、1961年2月2日に周囲の反対を押し切って結婚。
父親はムスリムだったが、本人は現在キリスト教徒(プロテスタント)。両親は1963年に別居し、1964年に離婚。1965年に実父はケニアへ帰国。異父妹が1人。異母兄弟8人(うち4人死没)。
人類学者となった母がインドネシア人地質学者のロロ・ソエトロ(Lolo Soetoro)(1987年没)と前夫と同じく、ハワイ大学で知り合い、再婚したことに伴い、1967年にインドネシア・ジャカルタへ移住。地元の学校に10歳まで通う。1977年に母は人類学者の仕事でオバマをハワイの両親に預け、インドネシアに戻り、1994年まで現地に滞在した。ハワイにおいて白人の母親と母方の祖父母によって育てられた。母方の祖父母はスタンリー・ダナム(1992年没)とマデリン・ダナム(2008年没)。1980年に母のアンと継父のソエトロとの離婚が成立。
1971年に地元の有名私立小中高一貫校のプナホ学園に5年生として転入。在学中はバスケットボール部に所属。また、高校時代に飲酒や喫煙、大麻、コカインの使用を自伝で告白。
1979年に同高校を卒業後、カリフォルニア州ロサンゼルスの単科大学の私立オクシデンタル大学に入学。2年後、ニューヨーク州のコロンビア大学に編入し政治学、特に国際関係論を専攻する。
1983年に同大学卒業後、ニューヨークで出版社やNPOで勤務し、1年間を過ごした。その後、イリノイ州シカゴに転居した。シカゴでは教会が主導する地域振興事業(DCP)の管理者として3年間従事し、職業訓練支援などを行った。事業所の人員を1名から13名に増員させ、年間予算を当初の7万ドルから40万ドルに拡大させるなどの業績を残した。 1988年年央にケニアと欧州を旅行し、ケニア滞在中に実父の親類と初めて対面した。同年秋にハーバード大学ロースクールに入学。1990年2月にはアフリカ系として史上初の「ハーバード・ロー・レビュー」の編集長を務めた。1991年、法学博士の学位を取得、同ロースクールをmagna cum laudeで修了しシカゴ大学の法学フェローとなる。
1992年に、シカゴの弁護士事務所で知り合ったミシェル・ロビンソンと結婚し、1998年にマリア、2001年にサーシャの2人の娘をもうけた。1995年には、自伝『Dreams from My Father』(邦題「マイ・ドリーム」出版社: ダイヤモンド社)を出版。
ハーバード大学ロー・スクールを修了後、シカゴに戻り有権者登録活動(voter registration drive)に関わった後、弁護士として法律事務所に勤務。またシカゴ大学ロースクール講師として合衆国憲法を1992年から2004年まで講じていた。
人権派弁護士として頭角を現し、貧困層救済の草の根社会活動を通して1996年にイリノイ州議会上院の議員に選出され2004年1月まで務めた。なお、2000年には連邦議会下院議員選挙に出馬したが落選した。
2003年1月に連邦議会上院議員選挙に民主党から出馬を正式表明し、2004年3月に予備選挙を勝ち抜き同党の正式候補となる。2004年11月には、対立候補を得票率70%対27%の大差で破り、イリノイ州選出の合衆国上院議員に初当選した。
2004年のアメリカ大統領選挙ではジョン・ケリー上院議員を大統領候補として選出した8月の民主党大会で「リベラルのアメリカも保守のアメリカもなく、ただ“アメリカ合衆国”があるだけだ。ブラックのアメリカもホワイトのアメリカもラティーノのアメリカもアジア人のアメリカもなく、ただ“アメリカ合衆国”があるだけだ」「イラク戦争に反対した愛国者も、支持した愛国者も、みな同じアメリカに忠誠を誓う“アメリカ人”なのだ」との基調演説を行い、その模様が広く全米に中継されるとともに高い評価を受けた。
Oct 25, 2008
小島慶三先生を偲ぶ
10月19日、如水会館で「小島慶三先生を偲ぶ会」が行われた。
小島慶三先生は、エルンスト・フレドリッヒ・シューマッハーの『スモール・イズ・ビューティフル』を酒井懋氏とともに翻訳されている。この翻訳本が出版されたのが1986年。ノルドの設立の年である。その縁というわけではないが、スモール・イズ・ビューティフルの思想はノルド社会環境研究所の企業理念を支える重要な源流となっている。
偲ぶ会で配布された小島慶三先生の略歴をみると、改めて戦中、戦後を通じた官界、財界、学界、政界にわたる活躍とその業績の偉大さがわかる。
大正6年3月11日 埼玉県羽生市に生まれる。
昭和15年 東京商科大学(現一橋大学)卒業 卒論『本邦農村協同組合史論』。同年企画院入省、勤務の傍ら法政大学非常勤講師(農業政策)。
昭和17年 大蔵省出向 翌年、軍需省発足総動員局総務部勤務。
昭和22年 商工省(後に通商産業省、現経済産業省)大臣官房企画室勤務。緊急生産対策、物資需給調整、軍需工場の民需転換などに従事。
昭和24年 石炭庁国家管理準備室勤務。
昭和25年 物価庁機械金属課長。公益事業委員会監理課長兼調査課長。電気事業再編成、電源開発に従事。
昭和28年 通産省大臣官房調査課長。産業構造、産業動向調査に従事。
昭和30年 重工業局鉄鋼業課長兼製鉄課長。
昭和32年 経済企画庁調整局調整課長。
昭和34年 石炭局炭政課長。
昭和36年 公益事業局経理参事官等。炭鉱争議への対応や電力再編成など産業復興主要業務に従事。
昭和37年 日銀政策委員(経済企画庁を代表)。業務の傍ら、経済学にも造詣を深め、多くの大学の非常勤講師などを務める。
昭和38年 通商産業省審議官。退官。日本精工鞄社。取締役企画部長として海外の営業活動に尽力。昭和45年には専務取締役に就任。
昭和49年 日本精工鰍ゥら芙蓉石油開発鰍ノ派遣され、副社長に就任。
昭和53年 芙蓉石油開発椛纒\取締役社長に就任。(昭和59年まで)
この間経済同友会役員として理論的、政策的な活動に参加。こうした活動の中で、農業問題に深い関心を持ち、特に日本の「水田」の持つ多様な役割と重要性を訴えた。
「小島塾」を主宰し東京をはじめ全国各地で勉強会を開く。上智大学、成蹊大学、名古屋大学、一橋大学の講師として後進の指導に当たる。
「近代化研究所」を設け日本の近代化の基礎が江戸時代に築かれていることの研究を進め、「人間の顔を持った経済学」を説き『人間復興の経済学』を出版。
昭和56年 同志を糾合し「ヒューマノミックス研究会」を設立。
昭和59年 経済界から転じて、(財)日本立地センター理事長に就任。地域振興、農業振興、環境問題の重要性を説き、全国各地を訪れ、具体的な地域の取り組みに参画、指導に当たる。この間(財)日本テクノマート理事長を兼務。母校の(財)東京商科大学奨学財団の理事長として活躍。並行して、シューマッハーの『混迷の時代を超えて』『スモール・イズ・ビューティフル』を翻訳し、理論と実践の両面で目覚しい活躍。
平成4年 細川護煕氏の日本新党に参加、衆議院選挙に立候補。
平成5年 繰り上げ当選で活躍の場を政治の分野に広げ、1期5年間、国政の場でヒューマノミックスを旗印に、政治・経済・社会の改革、日本農業の自立や地方分権の推進を主張した。
平成6年 参議院院内会派「新緑風会」に参加。「新緑風会」命名。
叙勲 従4位 勲3等瑞宝章
趣味は、大学時代はボート部で活躍。その後はスキー、ゴルフなど発展期のスポーツや新しい体験に興味を示した。
また、伝統文化に通じ小唄を楽しみ、亡くなる直前まで「エッセイ集」や「句集」の発行を続けた。
平成20年8月30日逝去
「小島塾」は、上智大学の小島ゼミの卒業生らによる社会人ゼミとして始まったもので、最盛期には北海道から沖縄まで29箇所に広がっている。その最北端の小島塾が私の出身地である北竜町にあったというご縁もあり、数年前から知人の紹介をいただいて「東京小島志塾」に数回参加させていただいている。
小島先生がご高齢のため、2006年6月例会を最後にして、東京小島志塾を閉じられることになってからは、その志を継承するためのインターネット上のコミュニティサイト「小島志ネット」が開設されている。
http://www.kjknet.jp/index.html
小島慶三先生は、常々、文明の衰亡の原因は@自然環境の破壊、A社会システムの機能不全、Bモラルと内的意欲の喪失、と指摘されていたが、現代社会はまさにこの3つが同時に進行しているように思われる。一方、先生は「日本はまだ間に合う」ともおっしゃっていたという。希望を失わずに、先生の志を継いでいきたい。
Oct 22, 2008
市場価格の乱高下対策もスロース...
経済小説『エネルギー』の著者黒木亮氏は、リーマンブラザースの破綻を受けて、原油価格(WTI先物)は年末にかけて50ドルを切ってもおかしくない、と予想した(週刊現代10月4日号)。確かに一時140ドル台をつけた原油価格は、ここにきて70ドル前後と半値まで落ちてきている。
原油の「井戸元コスト」と呼ばれる生産原価は、現状11ドル89セントに過ぎないという。で、あれば昨年来の原油価格の高騰はやはり投機筋のつくったバブルということか。
黒木氏は、このバブルの原因を「経済のマネーゲーム化」だと指摘する。70年代後半から米国で金融自由化が行われ、金融機関は金融工学を取り入れ、オプションやABS(資産担保付証券の一種)など様々な商品を作った。90年代に入ってそれらが原油や穀物にいった商品市場に持ち込まれて価格の変動性を一気に高めた。商品市場は通貨や株式、債券などに比べると極めて小さな市場のため、価格操作が容易で、なんでもありの「ジャングル市場」になっている。また、「資源パラノイア」と化した中国が世界中で油田とガス田の権益を買い漁っていることも石油価格高騰の原因だというのが、黒木氏の説明だ。
米国サブプライムローンに端を発した世界的金融破綻が、株式市場などから流れ込んでいた石油市場への金の流れを引き揚げさせ、原油価格が落ち着きを取り戻したということだろう。
しかし長期的には、いままで7億〜8億人の先進国人口を満たすためだけの資源需要が、今後30億〜40億人の新興国需要をも満たたしていくことになれば、当然石油に限らず、鉱物資源や食糧資源も供給不足、価格高騰が予想される。その際、投機バブルによる高騰ではなく、有限な資源の希少性を反映した価格の上昇は、本来不必要な需要を抑え、再生可能な資源へのシフトを促進する意味で重要である。原油価格であれば、あまり低い価格より100ドル前後の価格のほうが、将来必要な再生可能エネルギーへの転換を促すという観点からは適正だと思える。
ジャングル市場の資源価格の乱高下に一喜一憂するよりは、国内なり地域において最低限必要な資源の自給水準を確保し、小さな市場で長期に安定的な価格での取引を可能にしていく方向を考えたい。
今回の欧米の金融機関の破綻で、日本の金融機関は優秀な人材や海外の有望市場を獲得できる千載一遇のチャンスを得たとも言われている。この際日本の金融機関に期待したいのは、いままでの金融工学を駆使したマネーゲーム化の方向ではなく、日本の株式市場、商品市場をはじめとして市場や金融商品の健全性や信頼性を高める方向で、その優秀な人材等を活用するということである。
超長期的には、50年〜100年単位で恐慌と呼ばれる水準も含む景気循環の波はおとずれる。そのとき戦争という愚かな選択肢ではなく、貧困の撲滅や再生可能資源の開発普及といった方向で市場や金融のシステムが機能できるよう、改革が進められることを期待したい。
そうした市場・金融システムの改革、資源価格高騰時代に対応した経済対策には、長期的視点に立った抜本的な政策転換とそのための政治的リーダーシップが必要だ。日本の場合、自公政権の長期化による政治不信が市場・金融システムへの不信を増幅している面がある。バブル議員延命のための小手先のバラマキ景気対策は財政危機の深刻化に拍車をかけて後に禍根を残すだけである。まずは、早期解散という麻生首相の政治的リーダーシップを期待したい。たぶん、それが最大の景気対策になる。
Oct 03, 2008
小泉劇場の終わりに思うこと
5人も候補が立ってにぎやかに展開された自民党の総裁選は「小泉劇場のフィナーレ」の様相だと書いたら、本当に小泉元首相が引退を表明した。
総裁選で圧勝した麻生新首相は、所信表明演説で、なぜか野党のように民主党に逆質問。一方、民主党の小沢代表は代表質問で野党なのに所信表明。まるで選挙前に与野党逆転が起こっているかのようだ。
すぐに解散、総選挙かと思ったら、米国の金融救済法案が下院を通らなかったため、「解散より景気」と麻生首相は先延ばしを考えているらしい。
金融救済法をめぐる米国の議論を見ていると、小泉政権の初期を思い出す。竹中経済財政・金融相の下、不良債権にあえぐ大手金融機関に対して大規模な公的資金の注入が行われた。バブル崩壊後、高給の銀行員たちは救われ、金融機関はその後未曾有の利益を得たが、年金生活者などは続く低金利に生活を切り詰めざるを得なかった。いま思えば格差拡大の始まりだった。すでに格差大国の米国で、ウォール街を闊歩する勝ち組がかかえる不良債権を公的資金で買い取るという金融救済法に対して、負け組み側の市民が異議を唱えるのは当たり前だと思う。
ところで、「解散より景気」は、いかにも麻生さんらしい。外務大臣のときも、中央アジア・コーカサス、トルコ、中・東欧にバルト諸国まで延びる「自由と繁栄の弧」というロシアと中国を囲む反共包囲網を築こうと提案している。私の目には、あたかも祖父吉田茂の遺伝子を引き継いだ「海外版所得倍増計画」のように見えた。
ただ、地球温暖化や資源枯渇が現実に感じられ、格差社会の中で貧困問題が無視できなくなっている時代に、今求めるべきは「景気対策」や「所得倍増」なのか?
低炭素・省資源・エネルギーの持続可能な社会への基盤整備、セーフティネットの整備と貧困対策など、とにかく大きな政策発想の転換が必要だ。そのためには、やはり早めに解散・総選挙をお願いしたい。「自民党をぶっ壊す」というセリフで始まった小泉劇場だったが、結局自民党は変わらなかったのだから。
Sep 26, 2008
八ヶ岳南麓のSlowSmallな生活(...
前回のレポートからあっという間に3か月近く経過してしまいました。決して紹介する事柄がなかったわけでなく、あまりにもたくさんありすぎる一方、このプログに書く余裕(時間的、心の余裕)がなかったのです。その第1は2地域居住による「SlowSmallな生活」は忙しいということです。2地域居住は行政をはじめ多くの有識者が推薦していますが、現実に実践すると実にあわただしいものです。それぞれの置かれた環境にもよりますが、現役に近い仕事をしていると片道2時間弱とはいえ、毎週末となるとさまざまな制約が出てきます。やはり、2地域居住は定住のためのプロローグとして位置付けた方が良いようです。ちなみに私は定住を促進するために60年住んだ東京から山梨県北杜市に住民票を移しました。
第2は、実は「SlowSmallな生活」そのものが忙しいということです。ただ、その忙しさがたまらなく楽しいのです。例えば敷地内に歩道をつくるとき、業者に依頼すればFastに、かつ、「美しく」できますが「SlowSmallな生活」では基本的に自分で行います。写真は途中のものですが庭に作っている歩道です。これらの石は田圃の中から出てきた石や近くの川から拾ってきたもの(大きな声では言えませんが)です。多くの時間を要していますが、石を探して組み合わせて土に埋める作業は楽しく、出来上がりは本当に美しく見えます(自画自賛)。
また、野菜はBigな市場でなくSmallな市場で調達することを目指しています。その究極は自家生産、自家消費と考え、多種少量の野菜を植えています。無農薬のため1/3は虫に食べてもらっていますが、それでも過剰生産になり東京のご近所に差し上げて喜んでいただいています。専業農家でもないのに「お宅の野菜おいしいね」といわれると何とも嬉しいものです。そのためには栽培に当たっては妻に対する数倍の愛情を注がねばなりません。
「SlowSmallな生活」は大忙しで楽しいですね!
(民)
Sep 24, 2008
ソフト・エネルギー・パス
少し前の話になってしまうが、7月10日にシステム技術研究所所長の槌屋治紀氏の話を循環型社会研究会の「循環ワーカー養成講座」で伺った。
エイモリー・B・ロビンス著『ソフト・エネルギー・パス』(1979年、時事通信社)の翻訳者である槌屋氏が示す「2050年エネルギーシナリオ」では、2040年頃には原子力がなくなっている。聴講者の質問に応じて答えたその理由も明快である。
第一に、原子力発電の燃料であるウランが枯渇性の資源であること。第二に、核拡散につながること。第三に、放射性廃棄物の処理・処分が困難であること。そして第四に、とりかえしのつかない破局的事故の危険がつきまとうこと。
ロビンス夫妻は『ブリトルパワー 現代社会の脆弱性とエネルギー』(1987年、時事通信社)で、大規模に集中化したエネルギーシステムの脆弱性を多面的に指摘しているが、原子力発電と大規模電力系統システムは、その象徴でもある。石油やガスでも、タンカーやパイプラインでの爆発や事故、テロ行為などを考えると、現代社会は、まさにブリトル(brritle:もろい、壊れやすい、砕けやすい、移ろいやすい、傷つきやすい)なシステムの上に築かれた砂上の楼閣であることに気づかざるを得ない。
槌屋氏は、『ソフト・エネルギー・パス』の翻訳を出版した翌年に、『エネルギー耕作型文明 エネルギー自立のシナリオ』(1980年、東洋経済新報社)を著している。そこでは、集中型のエネルギー供給の体制が国民一人一人を完全にエネルギー消費者にしてしまったことが、エネルギーの利用目的と質との適合性への無関心を生んだと指摘し、これからのエネルギー政策に必要な6つの基本的条件を指摘している。
(1)必要なエネルギー量そのものを減少させること
(2)環境の破壊を最小限にするようなエネルギー供給システムを選択すること
(3)永続性のあるエネルギー供給システムを建設すること
(4)エネルギーの利用目的に適合した質のエネルギー源を使うこと
(5)小さな地域単位でエネルギーの自給を重視すべきこと
(6)エネルギーの生産に人々が参加できること
不安定で資源の偏在する化石燃料や核燃料に頼るエネルギー狩猟型文明から、安定的で地域において入手可能な太陽光や風力、バイオマス、水力、波力から農業に似た方法でエネルギーを得る耕作型文明への転換である。
ロビンスの「ソフト・エネルギー・パス」や槌屋氏の「エネルギー耕作型文明」の提案からすでに四半世紀が過ぎた。「2050年までに、効率の向上によりエネルギー需要を半減させ、その半分を再生可能エネルギーで供給すればCO2の排出量は4分の1になる」という槌屋氏の「2050年エネルギーシナリオ」は十分な実現可能性をもっていると思う。そうでなければ、日本における本当の意味での安心・安全な暮らしは実現しない。
Calendar
Categories
- 社会環境コミュニケーション (1)
- SLOWSMALLについて (3)
- 日記・エッセイ (55)
- キーノート (7)
- 循環型社会研究会 (4)
- 八ヶ岳南麓のSlowSmallな生活 (6)
New Entries
- 謹賀新年 - 01/01
- 大晦日に今年を振り返る - 12/31
- 「チロ」のための「テロ」 - 12/30
- 景気対策なら無責任も許されるの... - 11/19
- オバマ氏と希望 - 11/11
- 小島慶三先生を偲ぶ - 10/25
- 市場価格の乱高下対策もスロース... - 10/22
- エコノミー社会とエコロジー社会... - 10/04
- 小泉劇場の終わりに思うこと - 10/03
- 八ヶ岳南麓のSlowSmallな生活(... - 09/26
Archives
- 2009年01月 (1)
- 2008年12月 (2)
- 2008年11月 (2)
- 2008年10月 (4)
- 2008年09月 (3)
- 2008年08月 (2)
- 2008年07月 (2)
- 2008年06月 (4)
- 2008年05月 (6)
- 2008年04月 (1)
- 2008年03月 (1)
- 2008年02月 (2)
- 2008年01月 (2)
- 2007年12月 (1)
- 2007年11月 (5)
- 2007年10月 (5)
- 2007年09月 (1)
- 2007年08月 (3)
- 2007年07月 (8)
- 2007年06月 (1)
- 2007年05月 (6)
- 2007年04月 (4)
- 2007年03月 (2)
- 2007年02月 (7)
- 2007年01月 (1)
Powered by PLum blog 1.0