マネージャーブログ
Jun 16, 2010
沖縄米軍基地を国際的平和救援活動基地に
普天間問題は迷走の末、社民党の政権離脱と鳩山首相の退陣にまで発展した。
しかし、自民党が言うように「最初から辺野古しかなかった」と、辺野古案で普天間問題が決着したわけではない。ましてや、沖縄の基地問題が終わったわけではない。
沖縄県の資料によると、平成21年3月末時点で沖縄の米軍基地は23,293ha、県土面積の10%を占め、沖縄本島に限れば18%を占めている。米軍の軍人・軍属・家族は合わせて4万5千人。そのうち海兵隊は基地面積でも人員でも半数以上を占める。
海兵隊は攻撃部隊である。ベトナムにも中東、イラクにも、アフガニスタンにも、沖縄から攻撃部隊が派遣された。これが平和憲法の国の実態である。
ベトナム戦争の頃は、沖縄から攻撃部隊が派遣されることに、まだずいぶん反対運動が盛り上がっていた気がする。
しかし、いまの議論は、主要な報道を見聞きする限り、普天間基地の返還という土地問題と普天間基地周辺の安全・環境問題の側面が強い。首相になった途端、あの管さんまでが、北東アジアの緊張が高まっている時期だからと日米同盟を重視し、辺野古移転という日米合意に従うという。
確かに、北朝鮮の最近の動きは目に余るものがある。テロとの戦いは、日々気を許すことはできない。沖縄が基地経済に支えられているという現実もある。
しかし、だからと言って、このままわれわれは日米同盟の下に世界各地の戦争への加担を続けるのか。
私には、沖縄の海兵隊基地が、戦時下の日本の特攻隊基地に重なって見える。犠牲者はどちらも前途有望な若者たち。そして、彼らが戦地でまた誰かを殺し、犠牲者を増やし、その家族たちを悲しみと憎しみの底に引きずり込んでいく。沖縄は、米軍の敵にとって攻撃と憎しみの対象となる。これ以上悲惨な歴史を沖縄の歴史に積み重ねるべきではない。
いまこそ目標を掲げてほしい。
10年後には、日米同盟(日米安保条約)の代わりに、アジア・太平洋平和条約を締結。沖縄から海兵隊基地をなくす。半分になった基地は、国連軍と国際救助隊と名称・機能を変えた自衛隊、そして国際・日本赤十字の共同活動の拠点とする。ここからアジアや世界の紛争地や被災地の犠牲者の救援に出動することによって世界から感謝と尊敬が集まる場所とする。そんな目標を掲げて、その実現に向かって、一歩一歩着実な歩みを続けたい。